2026-08-07 HaiPress

イラスト:なかむらるみ

小田急小田原線代々木八幡駅。今回の街歩きのスタート地点。
小田急の代々木八幡の駅は仕事場に近いせいもあってよく使う。ホームのすぐ上を走る広い道は環6=山手通りで、百メートルかそこら北へ歩くと代々木八幡宮がある。
深い木立ちのなかの石段を上って入る境内は、ちょっとした山の神社のようだ。「タヌキ出没注意」なんて警告も出ている。社殿に行く前に芽吹き屋根の縄文住居のレプリカが置かれた一角があるけれど、このあたりで昭和25年(1950年)に竪(たて)穴住居跡や土器などが発掘されたらしい。昭和25年の発掘というと、前を通る山手通りの工事中に出土したものかもしれない。

駅周辺にはオシャレなカフェやバーカリーなども多く、カフェめぐりなども人気。
それより15年くらい後の話になるけれど、七五三詣でこの神社にきた記憶がある。たぶん僕が七つで弟が五つ、当時仁丹(ジンタン)が出していた野球ガムの当たり券で集めたセパ両リーグの球団旗メダルを弟が野球帽の頭回りにセロテープで貼りつけてきて、境内でギンナン拾いに夢中になっているうちに全部どこかに落っことしてしまった。メダルをなくしたのに加えて、確か弟の手がギンナンの汁で真っ赤にカブれて大騒ぎしたのである。
しかし、改めて木立ちを眺めてみると、それほどイチョウの多い森ではない。
八幡宮を出て山手通りを少し南下、井の頭通りとの交差点の富ヶ谷歩道橋を渡る。ちなみにこの橋上からの眺望は良い。北方に西新宿の高層ビル街、西に代々木上原のイスラムモスク塔、南西に東海大学の電波塔、東に東京タワーと、とくに塔楼見物がおもしろい。

遠くの方に先端だけ顔をのぞかせる「東京タワー」。
南西側に歩道橋を下りると、すぐ脇からまさに富ヶ谷の谷底へ下っていくような路地がある。くねっとした道筋がいかにも隠れ町に入っていく感じで散歩心を誘う。昔ながらの建具屋のような家があり、お香の匂いが漂ってくるエスニックな小物屋さんのような物件もある。道はそのうち急な上り坂になって、左方へ曲がると東海大学通りの一角に出た。
出てきたちょうど目の前に出桁(だしげた)造りの昔の商店とおぼしき家が見えるが、この通りは山手通りができる以前の旧道にあたる筋なのだ。ちょっと先の山手通りとの合流点近くにカレーのおいしいカフェ「山手茶屋」はある。

人気No1の「焼きカレー」(小1100円、中1200円、大1480円)。カレーはチキン・キーマ・野菜から選べる。
低層マンション1階の店はそれほど広いスペースではないけれど、厨房の小窓から道にカレーのいい香りが漂っていて、また玄関先に出た1卓のテラス席が開放的な雰囲気を醸し出している。月1くらいでここにくる僕がよく頼むのは、チキンと野菜の2種盛りカレー(真ん中にゴハンが島のように配される)に生卵をトッピングしたものなのだが、多くのお客が注文するのは焼きカレー。具はチキンが定番だが、キーマや野菜にすることもできて、僕も野菜の焼きカレーは先の2種カレーに次いで贔屓にしている。
焼きカレーについて、もはやあまり細かく説明することもないだろうが、カレーの上にチーズを被せてオーブンで皿ごと焼いた、グラタンのカレー版(カレードリアといってもいい)だ。北九州のローカルフードとして取りあげられるようになったのは、せいぜい2000年代に入る頃からだった……と思うが、レトロな町並みをテーマにした紀行取材で訪ねた門司港の町で、僕がはじめて焼きカレーを味わったのも20年くらい前のことだった。
焼きカレーを看板メニューにしたのは、「北九州の知り合いから聞いて、おもしろいと思ったんですよ」とマスターの今澤さんはいうが、開業は2004年の4月というから、まだ東京ではさほどポピュラーなメニューになっていない頃だろう。カレーの味は欧風カレー系(チキンは中辛、野菜は甘口)、チーズはモッツァレラやゴーダなどのミックス、ライスとトロケる半熟卵のコラボレーションも素晴らしい。
いつも頭に黒布を巻いて黙々と仕事をしている半澤マスターは、どことなくイチローに似ている。50代のいままでずっと地元(富ヶ谷)で育ったという。そう、さっき目にとまった出桁造りの家はマスターの少年時代、家庭用の炭なんかを売る燃料屋さんだったらしい。
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住所東京都渋谷区富ケ谷2-6-14
電話03-3485-0969
営業時間 9:00~20:00(日曜、祝日は~18:00)
定休日月・火曜
※掲載したお店や施設の臨時休業および年末年始・ゴールデンウイーク・お盆休みは営業時間などが変更になる場合がございます。事前にご確認ください。
※2026年8月7日時点での情報です。
※料金は原則的に税込み金額表示です。
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泉麻人コラムニスト

1956年東京生まれ。慶応義塾大学商学部卒業後、編集者を経てコラムニストとして活動。東京に関する著作を多く著わす。近著に『「冗談画報」という楽しい番組があった』(三賢社) 『黄金の1980年代コラム』(三賢社)『夏の迷い子』(中央公論新社)、『大東京23区散歩』(講談社)、『東京 いつもの喫茶店』(平凡社)、『1964 前の東京オリンピックのころを回想してみた。』(三賢社)、『冗談音楽の怪人・三木鶏郎』(新潮新書)、『東京いつもの喫茶店』(平凡社)、『大東京のらりくらりバス遊覧』(東京新聞)などがある。『大東京のらりくらりバス遊覧』の続編単行本が2021年2月下旬、東京新聞より発売された。
なかむらるみイラストレーター

1980年東京都新宿区生まれ。武蔵野美術大学デザイン情報学科卒。著書に、月刊たくさんのふしぎ『かっこいいピンクをさがしに』(福音館書店)、『おじさん図鑑』(小学館)、『おじさん追跡日記』(文藝春秋)がある。泉さんの本では『東京ふつうの喫茶店』『東京いつもの喫茶店』(平凡社)、『大東京 のらりくらりバス遊覧』『続・大東京 のらりくらりバス遊覧』(東京新聞)などでイラストを担当している。
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